KATO EF64 夜行急行きそ(1982年版)

Опубликовано: 04 Сентябрь 2026
на канале: 日本国鉄道 Japanese National Railways
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1982(昭和57)年頃の急行「きそ」上り5号を組成してみました。牽引機はEF64 0番台1次車(当鉄道では本来貨物専用で電気暖房の設備がない2次車しか在籍していないため電暖搭載改造を行ったものとして代用)、客車は名古屋寄りの前から①スハフ12、②オハ12、③オハ12、④オハ12、⑤オハ12、⑥オハフ13、⑦オハ12、⑧スハフ12、⑨スユニ50、⑩マニ50でした。
 急行「きそ」は名古屋~長野間を結ぶ急行列車で、一部列車は長野からは直江津まで普通列車(下り327レ)として運行されていました。準急時代を経て1966(昭和41)年に急行列車化され、1968(昭和43)年の愛称整理で同系統の列車が「きそ」にまとめられました。昼行列車は気動車、夜行列車は客車列車での運転が行われ、1982(昭和57)年まで座席車・寝台車・荷物車で構成された旧形客車の編成で運行されました。
1982(昭和57)年11月改正で12系化され、1985(昭和60)年3月改正で廃止となりました。

 EF64形電気機関車は、国鉄が1964年(昭和39年)に開発した、勾配線区用向け直流電気機関車です。
 1960年(昭和35年)に国鉄の大型電気機関車としては最初の近代化形であるEF60が完成して以後、本線の列車牽引用としては東海道・山陽本線向けのEF61と信越本線用のEF62・EF63が開発されていました。
 EF60・EF61は平坦路線牽引用、またEF62は信越本線横川 - 軽井沢間の国鉄最急勾配に対応した本務機、EF63は碓氷峠用補助機関車(補機)という特殊設計となっており、他の一般勾配路線では、EF62・EF63が備える急勾配用の装置は必要としませんでした。
 しかし一方で、奥羽本線の板谷峠(1949年(昭和24年)に直流電化、1968年(昭和43年)に交流化し当形式は撤退)越え区間や、中央本線など、20‰~33‰程度の中勾配区間に対応する発電ブレーキ搭載の新型F級電気機関車が必要とされる直流電化路線も多く、これに対応するために開発され1964年(昭和39年)に登場したのが本形式です。
 1964年(昭和39年)から1976年(昭和51年)の間に、基本番台(EF64 1 - 79)79両、1980年(昭和55年)から1982年(昭和57年)の間に大幅な設計変更を行った1000番台(EF64 1001 - 1053)53両の計132両が製造されました。
 この動画に登場する0(基本)番台は、勾配線用で発電ブレーキを常用する設計であることから、抵抗器の放熱を効率よく行うため、車体側面のエアフィルタ部の開口面積を大きく設計してあるのが特徴で、79両が製造されました。
 台車は、同じ軸配置B-B-BかつMT52系電動機搭載のEF70用をベースとし、DT120A(両端台車)およびDT121A(中間台車)を装着しました。
 制御器用電源として、MH81B-DM44B二相交流式電動発電機を搭載しました。交流60Hz、5kVAの容量を備え、交流24V、交流50V、交流100Vのほか、整流器を介して直流100Vを供給します。加えて、EG搭載機にはMH107A-DM69A電動発電機を搭載しました。
 空気ブレーキなどで使用される圧縮空気を供給する電動空気圧縮機は、架線からの直流1,500Vを電源としたシロッコファン式のMH92B-C3000を1基搭載しました。
 冷却用の電動送風機は架線からの直流1,500Vを電源とし、主電動機用としてMH91I-FK102を2基、主抵抗器用としてMH110-FK77を6基搭載していました。
 また、当初の投入区間が豪雪地帯である板谷峠であったことから、EF16を参考に寒冷地対策も重視され汽笛はAW2形とAW5形の2種類を装備、台車の砂撒き管には凍結対策のヒーターを備えたほか、運転室前面窓上にはツララ切り、窓周囲には防護柵(プロテクター)取り付け用のボルトが備えられました。
 集電方式(パンタグラフ)はPS17形を装備していました。