文学部 関根謙 - 中国の現代文学・及び1930年代における都市文学の研究

Опубликовано: 15 Июль 2026
на канале: Keio University Hiyoshi Research
1,452
13

慶應義塾大学文学部教授 関根謙 研究紹介


現代の中国には、ビジネスベースに乗って大量に消費されてゆく文学が多い中で、同時に非常に良質な文学が存在します。それらに共通するのは、人間の主体性や自我、あるいは自分の心に忠実な文学であり、様々な手段や文体で表現されてきました。慶應義塾大学文学部・関根謙教授は、このような中国文学を二つのテーマから研究しています。

「1つは現代の中国文学の状況を日本に紹介する。それに対して、ただ単なる紹介ではなくて、一体どういう価値があってどのような意味付けが考えられるか、また、日本の我々がそれを読む時に、どういうことが問題になってくるのだろうかということも含めて広く紹介していきたい。
僕は中国の小説を見ていく中で、どのようなものが我々が読んで良いと思うのか、日本の読者は何に打たれるのかと考えていくと、中国の小説と日本の読者の間にある共通の真実、心の形のようなものがもし感じられれば、それはそこに文学として成り立つものがあるのではないかと思います。
ここにあるのは高行健という中国のノーベル文学賞を最初に中国人でとった作家なんですね。
例えば、そういうものを仲間たちと一緒に日本に紹介するということ、これが1つの僕のテーマになっています。」

もう1つの研究テーマは、1930年代、中国の都市部が成長していく過程で、どのような文学が生まれてきたのか、そしてその展開を跡づけていくというものです。

「ご承知のように30年代後半というのは、日本との戦争の時代、都市というのは日本との戦争の砦だったり、あるいは日本の手中に収められた、陥落した街であったり、あるいは国民党が支配している街であったり、というふうに同じ中国でありながら、都市によって相当様相が変わっているんですね。僕はその中で特に南京を注目してきました。
具体的な人を挙げますと、南京事件、これは様々な、本当にあったのかというような議論まである大きな問題なのですけれども、この同じ時期にやはりこの問題に取り組んできた中国人がいた、その中国人は小説にして発表しているんです。その人の名前は阿壠(アロウ)というんですけれども、僕はその阿壠に、ある偶然の機会で作品に触れたんですけれども、その後ずっと阿壠のことを追求しています。」

アジアの文学、中国、日本の文学というものの上には、アジアという領域性があります。これらの文学を解明し掘り下げていくことは、様々な歴史や問題を内包するその特殊な領域性を理解する上でも大きなステップなります。

「この大きなアジアのこの状況は、なぜそうなっているのか、なぜなのかというのを突き詰めていくときに、一つはアジアの特性を細かく分析するということは大事だけれども、もっと大きなダイナミズムのようなものを感じ取らなければいけなくて、それを感じ取るセンサーのようなものに文学はなりうるのではないか、文学の研究が。そこから見えてくるもっと大きなサイン、真理のサインというものを目指したいと思うんですね。
僕はそこに必ず大きく繋がる哲学があるのではないかと思っています。」