モンゴルの樺太侵攻

Опубликовано: 21 Октябрь 2024
на канале: 宇宙のすべての知識 プリンシピア
1,227
24

モンゴルの樺太侵攻, by Wikipedia https://ja.wikipedia.org/wiki?curid=2... / CC BY SA 3.0

#元朝の国際関係
#樺太の歴史
#鎌倉時代の外交
#アイヌの歴史
#モンゴル帝国の戦争
#日中関係史
#日蒙関係
#13世紀の戦争
#14世紀の戦争
#13世紀の戦闘
樺太とその周辺の地形 モンゴルの樺太侵攻(モンゴルのからふとしんこう)とは、13世紀半ばから14世紀初頭にかけて断続的に行われたモンゴル帝国(元朝)による樺太アイヌ(骨嵬)への攻撃を指す。
史料が少ないこともあり、その実体には不明な点が多い。
同時期にモンゴルによって日本の九州北部に対して行われた元寇(文永の役・弘安の役)と比較されて「北からの蒙古襲来」「もうひとつの蒙古襲来」「北の元寇」などと呼ばれるが、両者の間に関連性があるかどうかは疑わしい(後述)。
樺太(サハリン島)には、後のニヴフ(ギリヤーク)につながると思われるオホーツク文化(採集・漁撈を中心とする)や、アイヌが担い手だったと思われる擦文文化(雑穀農耕を含む採集生活を中心とし、土器を製作する)などの遺跡が混在しており、中世にもニヴフ・アイヌが混住していたと思われる。
オホーツク文化・擦文文化の終了をどの時期とするかは諸説あるが、13世紀ないし14世紀頃を画期とする説が有力であり、日本やモンゴル・ツングース(女真族)等周辺民族との交易を主体とする文化に切り替わりつつあった。
黒竜江(アムール川)下流域に関しても残存史料が少なく、どのような民族が支配していたか不明瞭な部分が多いが、契丹(遼)や金などの王朝が支配を伸ばしていたと思われる。
元代の地誌である『元一統志』によれば、前代の王朝によって奴児干(ヌルガン)城が築かれた址が残っていたことが記されている。
『高麗史』には忠烈王13年(1287年)9月に「東真の骨嵬」に駐在していたモンゴルの将軍がいたことが記されている。
東真は東夏または大真国とも書かれる金朝の派生国家であり、わずか18年しか存続しなかったが、骨嵬が金の構成民族である女真(ツングース系)の影響下にあったことが伺える。
その後、モンゴル帝国もこの地域に勢力を広げ、1260年に大カアンとして即位したクビライ(世祖)の時代に入ると、アムール川下流域へのモンゴル勢力の伸張が行われ、黒竜江(アムール川)下流域に勢力を伸ばし、河口部に近く支流のアムグン川が合流する現在のトィルに「東征元帥府」を設置した。
東征元帥府の機能は、先住民(ニヴフ)の支配、流刑囚の管理、屯田の経営などと考えられる。
戦いの原因は、モンゴルがニヴフとアイヌの人たちとの交易をやめさせようとしたために起きたという説がある。
アムール川下流域から樺太にかけての地域に居住していた「吉里迷」(ギレミ、吉烈滅)は、モンゴル建国の功臣ムカリ(木華黎)の子孫であるシデ(碩徳)の遠征により1263年(中統4年)にモンゴルに服従した。
翌1264年(至元元年)に吉里迷の民は、「骨嵬」(クイ)や「亦里于」(イリウ)が毎年のように侵入してくるとの訴えをクビライに対して報告した。
ここで言う吉里迷はギリヤーク(ニヴフ)族、骨嵬(苦夷とも)はアイヌ族を指しているとされる。
亦里于に関してはかつてツングース系民族(ウィルタ)と見る説が有力であったが、近年では骨嵬とは別のアイヌ系集団であったとする説が唱えられている。
この訴えを受け、元朝は骨嵬を攻撃した。
これがいわゆる「北からの蒙古襲来」の初めであり、北九州への侵攻(文永の役、1274年(至元11年))より10年早かった。
この後、元によるアイヌ攻撃は20年ほどのあいだ、見られなくなる。
ただし1273年には塔匣剌(タカラ)が征東招討司に任命され、アイヌ攻撃を計画したが、賽哥小海(間宮海峡)の結氷を待つとの理由で、結局実行には移されなかった。
しかし北九州への2度目の侵攻(弘安の役、1281年)の失敗後、1284年に聶古帯(ニクタイ)を征東招討司に任じ、アイヌ攻撃が命令された。
この計画はいったん見合わせとなったが、同年の冬に征東招討司による骨嵬征伐が20年ぶりに実行に移されている。
その翌年(1285年)にも元朝は征東招討司塔塔児帯(タタルタイ)・兀魯帯(ウロタイ)に命じて兵力1万人で骨嵬(アイヌ)を攻撃させた。
さらにその翌年(1286年)にも3年続けてアイヌ攻撃が行われた。
このときの侵攻では「兵万人・船千艘」を動員したとされ、前年もほぼ同様の規模であったという。
この遠征には兵站確保のため、屯田も設置されたが、翌1287年のナヤンの乱などの動揺もあり、長くは続かなかった。
これ以降、元からアイヌへの攻撃は止むが、元の勢力圏外からアイ...