硯, by Wikipedia https://ja.wikipedia.org/wiki?curid=2... / CC BY SA 3.0
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硯 硯(すずり)は、墨を水で磨り卸すために使う、石・瓦等で作った文房具。
中国では紙・筆・墨と共に文房四宝の一つとされる。
硯及び附属する道具を収める箱を硯箱といい、古来優れた工芸品が多数ある。
一般に硯箱は、桐や花梨でできているものが多い。
新年の遊女。
足下に硯と墨が描かれている。
勝川春亭画。
現代では、石等を研磨し平たくしたもので、墨を磨る為に表面に細かく目を立たせたものを用いる。
墨を溜める為の薄い窪みを墨池(海とも言う)、墨を磨る為の少し高い部分を墨堂(丘とも言う)という。
この様な、現代に一般的に見られる、墨池と墨堂からなる硯の成立は墨より遅く、古代には乳鉢の様なもので墨を砥いで、粉末状にして用いた。
早くから様々な材質と形状の硯があったが、古くは陶硯が主流で、円形の皿を多数の脚で支えるものが代表的な形である。
なお、日本での硯の使用自体は弥生時代に既に認められている(福岡県糸島市や島根県松江市で出土)。
糸島市の潤地頭給(うるうじとうきゅう)遺跡のほか、中原遺跡(佐賀県唐津市)、東小田峯遺跡(福岡県筑前町)から出土したのは、製作途上の石製硯やそれに関連すると推測される遺物である。
職人が硯を作る時には、墨を入れる海と、盛り上がっている陸の間の、滑らかなカーブ状の場所を削るのが、最も苦労する場所となる。
硯は陶製(焼き物)の陶硯と石製の石硯に分けられる。
陶硯は硯のうち陶製(焼き物)のものをいう。
陶硯には硯専用に制作されたものと、土器片を再利用したもの(転用硯)があり、圧倒的に転用硯のほうが多い。
硯専用のものには円形の円面硯、動物などを象った形象硯、部首の几部(かぜかんむり)の形をした風字硯、長方形の長方硯、宝珠形の宝珠硯などがある。
日本で最古の陶硯は隼上窯跡(京都府宇治市)から出土した飛鳥時代のものである。
実用面では石硯に及ばないが、彩色、形状に趣があるものも多いため、観賞用として飾られることもある。
なお、磁器のものは磁硯と称する。
中国では六朝時代の終わりに石製の硯が登場した。
唐代に石硯が高級品として登場し、下って、宋代に普及品市場も石硯が占めて現代に至る。
日本では石硯は10世紀頃から見られるようになり、陶硯は次第に使われなくなった。
硯には唐硯(中国産)と和硯(国産)がある。
唐硯、和硯ともに産地、材質、形式、彫刻の模様などにより様々な種類の硯がある。
中でも端渓硯(たんけいけん)、歙州硯(きゅうしゅうけん)、洮河緑石硯(とうがろくせきけん)、澄泥硯(ちょうでいけん)が有名で中国の良硯の四宝といわれる。
他にも松花江緑石硯、紅糸石硯などが存在し、品質、価格とも様々だが上級品は墨の降り・発墨に優れており、高価に取引されるものもある。
日本の硯の材料産地は、山口県宇部市の赤間石、宮城県石巻市の雄勝石、三重県熊野市の那智黒石、山梨県早川町雨畑の玄晶石(粘板岩)等である。
その中でも赤間石と雄勝石の二つは百年以上の歴史があり、国の伝統工芸品指定を受けている。
しかし雄勝石は2011年3月の東日本大震災で石巻市の旧雄勝町地域が大きな損害を受け生産が停止したため、入手は困難になった。
端渓硯 中国広東省広州の西方100kmほどのところに、肇慶という町がある。
この町は西江という河に臨んでいて、東に斧柯山(ふかざん)がそびえる。
この岩山の間を曲がりくねって流れ、西江に注ぐ谷川を端渓(たんけい)という。
深山幽谷と形容される美しいこの場所で端渓硯の原石が掘り出される。
端渓の石が硯に使われるようになったのは唐代からで、宋代に量産されるようになって一躍有名になった。
このころ日本にも渡って来たといわれる。
紫色を基調にした美しい石で、石の中の淡緑色の斑点など丸みを帯び中に芯円を持つものを「眼」(がん)という。
鳥の眼のような模様もあるこの紋は石蓮虫の化石といわれてきたが、石眼は一種の含鉄質結核体であることが実証された。
つまり酸化鉄などの鉄の化合物が磁気を帯びて集まり形成されたものである。
こうした含鉄質結核体が沈積し埋蔵されたあとも、岩石生成過程でたえず変化して鉄質成分を集め、暈の数が幾重もある石品を形成した。
実用には関係ないものだが大変珍重される。
端渓の石は細かい彫刻にも向き、様々な意匠の彫刻を施した硯が多く見られる。
端渓硯の価値の第一は≪磨墨液が持つ撥墨の範囲の広さ・佳さ≫である。
第二、第三と続く価値は硯としての本質に直接関係しないが、その視覚的美しさであり、「眼」等々の石紋の現れ方、そして彫刻の精巧さ、色合い、模様...