福島県富岡町、JR富岡駅前で福島第一原発事故後「富岡ホテル」を開業した渡辺丈(たける)さん(1959年生まれ)のインタビュー2回目、完結編です。
駅前の食料品店を継いで、ずっと調理と経営を続けてきた渡辺さん。
2011年3月11日の地震津波はそのお店を破壊、それから6年間原発事故の汚染で戻れませんでした。
2024年現在も原発事故前の15%しか住民が戻らない町で、渡辺さんは「そんな環境でやっていける商売はないか」とホテル業を始めます。クルマのディーラー、青果市場社長など、同じ町内の商店経営者8人と共同でした。福島第一原発や第二原発の復旧工事で人が来るのではないか、と期待したのです。
しかしそれはマスコミが渡辺さんに言わせたがる「復興」とは違うのだ、といいます。
商人は、仕事をしないと食っていけない。
その当然のことを毎日積み上げているだけだ、といいます。
土地代や建設費のローン、従業員の給料など固定費用は必ず出ていく。
しかしいつもお客さんでいっぱいとは限らない。
昨年、1月に数百万円の赤字が出て真っ青になったこともあります。
やっとホテル経営って何かわかってきた、と渡辺さんは言います。
2023年、6年で社長の座を譲りました。
それでも一従業員として厨房に立っている、
「自分の故郷は2011年3月11日以前の、あの風景かなあ」
富岡駅前は建物が除染のために破壊され、区画整理もあって、まったく原型をとどめていません。
商店街の人たちも避難でちりじりになってしまった。
「また新しい住人が来て、ここをふるさとにしてくれたらいいなと思います。それは何十年、何世代もかかる息の長い仕事ですけどね」
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